読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

La mia armonia

精神世界やスピリチュアリティなど、ちょっと不思議な世界をベースに、人生を前向きに生きる考え方を提案しています。起業やビジネスについても書いています。

どん底だったエンジニア時代の話 パート03 〜 人生ではなぜ嫌な人が登場してくるか

エンジニア時代の話 自分を愛する・ハートを開く 精神世界・スピリチュアリティ

私は会社員時代、毎日怒られまくってシンドかったことがあります。今回は、当時のようなネガティブな人間関係が生じる意味について、スピリチュアルな観点も交えて考えてみますね。

 

当時私は、会社で毎日のように怒鳴られ、精神的に参っていました。失敗続きで怒鳴られ続けるという負のスパイラルに陥った原因は、簡単に言えば、私に誠意が足りなかったからです。もっと自分がしっかりしていればあそこまでメッタメタにされる事はなかったと思います。でもそれが出来れば苦労はしませんよね。当時は精一杯だったからです。何事も失敗して分かることがあります。スピリチュアルな観点では、当時の体験は『学び』だったと捉える事ができるでしょう。

 

もっと上手く出来れば良かったのに・・と悔やむ必要はないと思います。この世で体験できる事にはすべて同じだけの価値があると思うからです。私たちはいろんな事を試す為に生まれてきたのです。当時の苦い思い出があるからこそ、現在の私があり、こうしてブログに書き出す事ができるのです。

 

会社でメッタメタに叩きのめされたのは辛かったけれど、おかげで自分の中に『優しさ』が生まれたと思います。元々自分に自信が持てない、自分を愛することができないタイプでしたが、当時の一件を通してさらに自分を自分で傷つけるようになってしまいました。

 

人は、自分が辛い思いをして初めて、他人に優しくなれるものです。私は、自分を傷つけ続けた挙句の果てに、ようやく自分を受け容れることの大切さを、身をもって理解することができました。自分を愛せない度合いが大きかったからこそ、その対極である『受け容れること』の大切さがよくわかったのです。私は非常に価値のあるギフトを貰ったと思います。

 

自分の心に優しさがあれば、人や世界に対して、慈しみの心をもてるようになります。むかつく人、大嫌いな人、いろんな人がいるけれど、その人達のことも割と許せるようになります。自分の心が穏やかであれば、相手の否定的な面ばかりに意識が向かなくなります。

 

相手を憎んだり、相手と自分を比較したりするのをやめて、親切にしようという気持ちが湧いてきます。この気持ちは、本当に心地良いもので、心がとても暖かくなります。いつもこんな気持ちでいると、私たちのハートが段々と開き始めます。そうすると人生が好転し始めるように思います。

 

当時の先輩や上司にはお世話になりつつも色々迷惑をかけてしまったと思います。彼らは誠意をもって私に接してくれたと思いますが、私が余りにも同じ失敗をするので、彼らも感情的になってしまったのは当然のことです。その誠意に沿えなかった事、相手の心も深く傷つけてしまった事に対して申し訳なく思うと同時に、貴重な体験をさせてもらったことに感謝の気持ちが湧いてきます。

 

逆の立場で考えてみましょう。人を怒鳴ることは決して気持ちの良い事ではありません。怒りのエネルギーは、受ける側と同様、発する側にも悪影響を与えます。諸刃の剣なのです。

 

スピリチュアルな観点でみれば、当時の私の職場の人間関係は、過去世でも役割を変えて関わりがあったと思います。何となくですが、戦争中にどこかの軍隊で一緒だったような気がします。まあこれは私の想像ですが。。

 

今生、私が立場的には部下で、怒鳴られる側だったので、過去世では立場が逆だったかもしれません。或いは、『過去世の私』の思い癖が残留していて、同じような状況(自分を卑下する)をまた再現してしまった・・こんな捉え方もできます。

 

また、単純に、自分の中にある怖れや不安のエネルギーが、『怒鳴る人』や『ダメな自分』という現実を創り出しただけ・・こう捉えることもできます。

 

つまり、偶々怒鳴る人がいる職場に当たったのではなく、私たちの心の中に怖れや不安のエネルギーがあるからこそ、その職場の人を通じて、そのエネルギーが具現化されただけということです。

 

現実は単に私たちの意識の映し鏡であり、自分の思い癖が現実をそうさせていることに気づくまで、多分現実は変わらないと思います。

 

現実はいつも私たちに語りかけているだけなのかもしれません。『気づけ!気づけ!』という具合に。

 

人生では嫌な人やむかつく人がたくさん登場してきますが、彼らが自分に何かを『気づかせる』為に、今目の前にいるとすると、本当の意味での敵などは存在しないのだと思います。

 

私たちは生まれる前に、役割を決めていると言われます。例えば、Aさんは私の人生のこのタイミングで登場して、私をいじめることで、私に『優しさ』について気づかせるきっかけを与えて欲しいとか、Bさんは私の協力者として生涯助けて欲しい、という具合にです。

 

もともとみんな愛し合っている魂同士なのに、嫌な役回りを演じる事は相手にとっても辛いことだと思います。逆に言えば、自分にとって非常に縁の深い魂であるからこそ、そんな嫌な役回りも引き受けることができるのだと思います。そう考えると深い感謝の気持ちが湧いてきます。こういう考え方を取り入れると、相手を許すということができるようになると思います。

 

私は『怒鳴られる日々』のおかげで、自分の内面と向き合い、自分の中にある様々な思い込みを見つけ、前向きに変わることができました。一番の意味はここにあると思います。『なぜあのようなネガティブな形になったのか』には意味が無くて、その出来事から得られた『気づき』に意味があるということです。当時のネガティブな体験は、その気づきを得るための手段であったということです。

 

f:id:Aquarius222:20170123153331j:plain

 

以前書いた記事です。よかったら読んでみてください。

aquarius222.hatenablog.com

aquarius222.hatenablog.com

読んでいただいてありがとうございます。

広告を非表示にする