知性と感性のバランスについて書きたいと思います。
私は、現実を創っていく為に、大まかに分けて2つの方法があると考えています。
知性を使って現実を創る方法と、感性を使って現実を創る方法です。
ここでお話する知性とは思考の部分です。
例えば、何か実現したいことがある時、こうして、ああして、その為にはこれがどれだけ必要だから・・・という具合に頭で考えて行動に移します。
その時は、思考が働いています。
思考は、過去の経験や人から刷り込まれた価値観を元に巡っていきます。
知性を使って現実を創る場合、過去の経験や思い込みの影響を受け、大体はそれらに基づいたアイディアしか浮かばないという事です。
感性を使って現実を創るとは、スピリチュアル領域でよく言われる『委ねる』という事を言っています。
思考はいわば、自分で考え、結果を予想し、行動を起こし、現実を自分で切り開いていく力です。
感性を使って現実を創る場合、現実を創っているのは、思考の部分の私ではなく、もう一人の私(ハイヤーセルフ、魂、意識)であって、私が行動して現実を変えたように見えることも、実は、私の考え方や感情が元になって、もう一人の自分によってそのような現実が創造されたという認識が前提にあります。
まずは、宇宙空間の中に人間が存在していて、肉体に魂が宿るのではなくて、意識の中に宇宙があるという視点の転換をしてみてください。
この宇宙は、意識が見ている夢の中、意識が創造したヴァーチャル空間・・という感じに認識するわけです。
そして、その宇宙に影響を与えているのは、『私』なわけです。
私の思考や感情は、いわば宇宙への注文票みたいなものと捉えるわけです。
なので、私は、自分の考えや感情が、どの方向に向いているかに気を使うだけでいい。
あとは、もう一人の私が、その考え方や感情に見合った現実を『シンボル』として見せてくれるだけです。
まとめると、
知性を使って現実をつくること→自分で考えた行動計画に基づいてこうどうする。 自分がそれをしたいかどうかよりも、こうすべきとか周囲の目を指標にして行動する。
感性を使って現実をつくること→ 行動計画を決めずに、ハートの感性に従って行動すること。言い換えれば、気分次第で動く生き方であり、計画変更も柔軟に対応します。
究極は、何も考えずとも、自分の感情の方向性をはっきりさせておけば(つまり感性に従って生きる)、もう一人の自分が望む現実を見せてくれると思うのですが、自分で考えてバリバリ行動してもいいと思います。
というのも、実際は、何もしないという選択肢は難しいし、行動することの楽しさもありますので、私は、次のようにしたらバランスが取れるのではないかと考えています。
まず、望む現実に向けて、思考を使って考え、行動を起こす。
ただ、行動を起こすのはあくまで願望が実現する為の『きっかけ』をつくる為であって、後はあまり深く考えないで、委ねる。
委ねるとは、日常の些細なことを微笑ましく思えるように、ハートの感覚に意識を向けることです。起きてきた事をあるがままに受け止め、善悪や優劣の判断をできるだけしないことです。
どんなことが起きても、望みが思った様に実現しなくても、それはそれで宇宙のひとつの側面なのだと受け止め、それを楽しんでみるのです。
判断すると、それが現実創造に影響を与えてしまい、望みが実現するのをかえって妨げてしまいます。
私の思考が現実創造に影響を与えているので、『上手く行かない」 という認識がそのまま反映された宇宙が創造されるということです。
スピリチュアルを学んでいると、委ねることの大事さも分かってくるのですが、別に委ねなくてもいいと思います。
どういう人生を生きたいか、この宇宙をどのような形で体験したいかは、個人の自由、個人の選択によることだからです。
ただ、何でもそうですが、一つの極に偏り過ぎると行き詰るので、バランスが大事だということです。