今日は祖父母について書いてみたいと思います。
私の父方(実家)の祖父は私が生まれる前に亡くなり、祖母は私が長野に就職した年の5月に亡くなりました。
父方、母方のどちらの祖父母にもお世話になりましたが、母方の祖父母には特にかわいがってもらいました。
母方の祖父母は由利本荘市という所に住んでいます。旧岩城町の亀田という所です。
子供の頃から、年に数回、よく遊びに行きました。
この家は、冬になると、薪ストーブが出てきます。つい最近薪ストーブを辞めて温風ヒータに変えてしまいましたが、冬に遊びに行った際には、私も薪をくべたりしていました。薪ストーブは結構暑いです。部屋の中がぽかぽかになります。たまに戸をあけて換気しないといけないくらい暑いです。
人の家に行くと、その家の匂いがあり、その匂いが服などに染みつくと思うのですが、祖父母の家に行った時は、薪ストーブを焚いているせいか、いつも独特のにおいが染みつくのでした。
さて、母方の祖父が去年の6月に亡くなりました。癌でした。
亡くなってから思うのですが、もっと元気な内に会いに行けばよかった・・・と。
2013年の9月に、バイクで鳥海山周辺に走りに行ったことがあります。
その時、亀田の祖父母の家に泊めてもらいました。
その時はまだ元気で、私が行くと、嬉しそうに、お酒を飲むのでした。
その時も既に肝臓が悪く、飲酒は禁止されていたかもしれないですが、それでも一緒にお酒を飲んでくれるのでした。
祖父はお酒が大好きでした。
小さい頃、遊びに行くと、いつも既に軽く酔っていて、顔を赤くしながら、陽気に話していたのを覚えています。
由利正宗や天寿というお酒が好きだったようです。
私もお酒が大好きですが、確実に祖父の血も受け継いでいると思います。
祖父の遺影に使われている写真は、にこにこ笑っている写真ですが、この写真も、酔っている時に撮影したもののようです。
なんとも祖父らしさが出ていて、それはそれで面白いです。
私が内気なので、あまり私からベラベラ話す事はありませんでしたが、それでも、よく可愛がってもらいました。
実は、亡くなった直後に妹の結婚式がありました。祖父はずっと出席するのを楽しみにしていたようですが、間に合いませんでした。
祖父は車やオートバイにも興味があるみたいでした。バイクで遊びに行った時も、私のバイク(400ccのスズキ)に興味を持ってくれたようで、大きさの割に静かなバイクだな・・と言っていました。
そういえば、子供の頃、祖父母の家の近所の親戚の家まで、祖父が運転するバイクの後ろに乗った記憶があります。
ヘルメットとかしてたっけな・・・?(笑)
その時は、怖くも何ともなかったのですが、今思えば・・。
後で分かった話なのですが、祖父は車もバイクも免許を持っていたかどうか定かではないようです・・・(苦笑)
でも、普通にバイクに乗ってたし、マニュアルミッションの車も運転してたよな・・(笑)
で、祖父が亡くなった頃、小さい頃にバイクの後ろに乗せてもらった事を思い出したのです。
それで、そのバイクどうなったのかな、ひょっとしてまだあるのかな・・と思い、祖母に聞いてみたのです。
そしたら、小屋に眠っているとのこと。
私はバイクが好きなので、もしかしたら動くかもしれないと思って小屋に行ってみたところ、埃まみれになってはいましたが、ちゃんと小屋で眠っていました。
真夏のくそ熱い時期でしたので、汗だくになりながら、そのバイクを検査してみたのです。
今では珍しい2ストローク仕様です。
キックスタート式は初めてでしたが、見よう見まねでキックしてみました。
でも、エンジンはかかりませんでした。
多分、バッテリーがダメになっているからだな・・こう思い、せっかくなので整備して動かしてみることにしました。
去年の8月に工具を持ってきて、ちょっとばらしてみたのです。といっても、外装を外しただけですが。
カバーを外すと、スポンジみたいなのがあり、それに触ると、溶けて潰れてしまいました。エアクリーナーのようですが、これも交換しなければいけません。
また、タイヤがぺしゃんこでしたので、自転車の空気入れで空気を入れました。
あとはバッテリーとオイル、プラグを交換すれば動くかもしれません。
今、冬になっちゃったので、整備は休止していますが、暖かくなったら部品交換して動かしてみたいと思っています。
祖父が生前使っていたものはたくさんありますが、このバイクも形見のひとつになりました。
バイクを、綺麗に磨いて、整備して動かす事自体は、ありふれた行為ですが、祖父の形見となると、気持ちも一味違います。
今、ニートしてて時間はたくさんあるので、そういう事に時間を使ったら有意義な時間の使い方ができるんじゃないかな・・・と思っています。
もし動いたら、祖父も喜ぶかもしれません。
祖父が亡くなってから、2回くらい夢に出てきたことがありました。
色々話をしたのですが、内容は忘れてしまいました。
ただ、2回目に夢に出てきたときに、『ありがとう』と言っていたのが印象的でした。
夢に出てきた祖父は、幾らか若い姿になっていました。
今でも、たまに気にかけてくれている気がします。
いまはもう次の人生の計画を立てている頃かもしれません。
あ、でもあちらの世界では時間は無いので、どう表現したらいいかわかりませんが。
またどこかの人生で一緒の時間を過ごすことはあるでしょう。
そういう事を考えていると、悲しさよりも、祝福の気持ちが湧いてきます。
最後は病気が苦しかったけれど、痛みからも解放され、この人生での経験を終えられて良かったと思います。
そういえば、夢の中で『もう痛くない?』と聞いたら、『うん』と言っていたのを思い出しました。
先ほどPC画面のディジタル時計を見たら6:26でした。祖父の命日が6月26日なので、その時、気持ちが通じたような気がしました。
『じっちゃん、お疲れ様でした』
私も、精一杯この人生を生きようと思いました。