La mia armonia

精神世界やスピリチュアリティなど、ちょっと不思議な世界をベースに、人生を前向きに生きる考え方を提案しています。起業やビジネスについても書いています。

物を手放すと心が軽くなる

物を所有することと手放すことについて考えてみましょう。

 

私は以前維持費のかかる排気量2000ccのターボ車(スバル)を所有していました。この車自体も憧れていて新車で購入したものでした。それを2015年の6月に手放したのです。

 

手放すまではやはり執着もありました。趣味性の高い車だったし、いろんな場所に幾度となく走りに行った思い出が詰まっていたからです。

 

でも、手放してみると、あっけない感じです。

 

かえって重たい物をひとつ手放して、気持ちが軽くなったように感じるくらいです。

 

そういう意味で、今後車を所有しようとは考えていません。もし買ったとしても、新車は絶対買わないでしょう(笑)。以前の自分とはまったく価値観が逆ですね。

 

良く、もう車なんか要らないという事を家族に話すと、『車は必要だよ』って言われるのですが、私はそうは思いません。

 

なぜなら、車が必要ない生活スタイルを選べばいいからです。私は車の運転が好きなので、自分専用の趣味性の高い車があれば楽しいでしょうが、無くてもいいです。どうしても要り用の時は、レンタカーという手段があります。

 

レンタカーだと面白みのない車種が多い気がしますが、スポーツカー専用のレンタカーサービスなども有るようなので、楽しみ方はたくさんあると思います。

 

それに、死ぬほど欲しい車がないというのもあります。

 

同様にオートバイもレンタルにしてしまったらいいかもしれないと考えています。自動車に比べて維持費は安いですが、維持費がかからないに越したことはないです。

 

ヘルメットとジャケットを常備しておき、バイク乗りとしての自覚を持ち続けていれば、またバイクに乗れる日がくるはずです。

 

車と同様に、以前の環境(仕事)を捨てた時もしばらく執着がありました。あの環境でもうちょっと頑張れていれば、こんなひもじい思いをしなくても済んだのにとか、毎日麦芽100%のビールやおいしい日本酒をポンポン買い物かごに入れられたのに・・とか、自ら苦労する道を選んでしまったんじゃないか・・とか。

 

でも、それもしばらくすると、どうでもよくなりました。

 

すべては、自我の執着によるものです。最初は葛藤があるかもしれないけれど、直に収まります。

 

そうして初めて、自分にとって本当に大事なものについて気づき始めるのです。

 

私は、いろんなものを捨てる事によって、『何かを所有する』事にほとんど魅力を感じなくなりました。

 

これからの社会は個人が何かを所有するのではなく、みんなで共有(シェア)する方向に大きく変わっていくだろうと思います。

 

所有しようとする事は、エネルギーの自然な流れを自分のところだけに溜めて自然な流れを妨げることと似ていると思います。お金に関しても、溜めこもうとするから、自然な循環を妨げ、結果的に自分の元へ豊かさが自然な形でやってくるのを邪魔しているかもしれないと言う事です。

 

人が、所有しよう、溜めこもうと必要以上に思う理由は、人間の中に失うことへの怖れや不安、他者への信頼感の欠如があるからです。

 

怖れや不安と一緒に、お金や物を流してあげると、良いエネルギーの流れが生まれるかもしれませんね。

 

ちなみに、さきほど、Chromeが動作停止して、ウィンドウが閉じてしまったのですが、『記事を書く』ボタンを押したら、そのまま文章が復元されてて助かりました。はてなブログ素晴らしい。

 

たまに動作停止するのですが、ウィルスに集られているのかもしれません(笑)