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La mia armonia

精神世界やスピリチュアリティなど、ちょっと不思議な世界をベースに、人生を前向きに生きる考え方を提案しています。起業やビジネスについても書いています。

恐れや不安を手放すことが完璧に出来なくても良い

数年前、長野でエンジニアをしていた頃、精神世界にどっぷりと浸かっていた時期がありました。当時、バシャールをはじめとしたいくつかの本を読んで影響を受けていましたが、マネーゲームから脱出する法という本を読んで、その中に書かれている『リアクションモードで生活する』ことを日常生活で実践しようと試みていたことがありました。

 

当時の私は、兎角恐れや不安を日常生活から排除したい気持ちが強かったと思います。今よりも感受性が強かったからです。仕事や私生活で、一般的な人ならそれほど動揺しないようなことも、敏感に感じ取ってしまうので、恐れや不安のエネルギーもひしひしと感じてしまうのです。これだと、生きづらくてしょうがない。

 

だから、それを排除して出来るだけ平穏な心の状態を保ちたいと願い、精神世界などの知恵を求めるようになったと思います。

 

リアクションモードで生きるとは、言ってみれば、この世界を創っているのは自分、自分はこの世界そのものなのだという考えを採用することです。この考えを採用すると、基本的には現実で何が起ころうと対処しないスタンスで生活することになります。

 

日常生活において、良いことや嬉しい事はそのまま喜べば良いのですが、不快なことやトラブルが起きた時は、湧いてくるネガティブな感情や思考を手放す作業に取り掛かります。この時、ネガティブな感情を感じてもいいのですが、その感情を感じきった後に、『現実の創造主は私である』という真実を思い出すことによって、徐々に恐れや不安を手放していく流れになります。

 

全てが自分の一部であり、現実が自分を取って食うようなことをしないと分かれば、心に平穏を取り戻すことができます。その結果、目の前で起きている現実がどんなにネガティブなことであれ、その現実を淡々と眺めることができるようになります。そうすると、起きてくる現実も私たちの心の穏やかさを象徴するような現実になるということです。

 

もちろんこれは極端な『理想論』であって、実際は目の前のドラマにのめり込んでしまうことが大半でしょう。目の前で人が倒れていたり、仕事で大変なトラブルが起きた時などは、それに対処するのが人として望ましいあり方でしょう。

 

にも関わらず、当時の私は気の進まない仕事を頼まれたり、叱られたりしたときには、この不快な感情を手放すと言う1連のプロセスを実行し、嫌な仕事の依頼がなくなったパラレルワールドに移行しないかな、などと考えていたこともありました。当時精神世界に偏りすぎていて、パラレルワールドの概念を採用していた私は、普段通勤している会社のある場所が、次の日には緑の平原になっていて、会社が存在しない世界になっていてもおかしくないのだ、などと浮世離れしたことを考えていました。今考えるとちょっとやりすぎでしたね。笑

 

ただ、究極は、文字通り、現実に対処しないことだと思っています。その究極を実践しようと、当時の私は考えていました。しかしながら今思えば、そんなお釈迦様みたいな生き方が、当時25歳ソコソコの青二才、ひいては私の人生にとって正しい生き方であったのか。。と思うわけです。そこまで俗世を毛嫌いすることもないからです。俗世特有のネガティブな感情が嫌ならばこの世界に生まれてくるな!という話になるからです。

 

もうそろそろこの次元特有の分離や不快感はいいかな、と思った時が、いわゆる解脱や悟りのタイミングになるのだと思います。嬉しいドラマや不快なドラマ、どんなドラマも自分が選択して体験していたことだったということを思い出した時です。

 

この『現実に対処しない』という心構えは、日常生活の様々なしがらみに疲れたときに、私たちの心をクリアリングするのに役立ちます。多分この世にいる限り、問題そのものはなくなりません。ただ、問題が起きたときに、その問題に対処はするのだけれども、その問題が起きたフィールドと同じ視点で問題を眺めるのではなく、一歩引いた視点で、その問題を少し高いところから眺めることができます。その結果、穏やかな心持ちで問題に対処することができます。

 

精神世界を探求していると、どうしてもネガティブな要素を手放すことに主眼が置かれがちですが、完全に手放すことができなくても、『真実』を分かっていれば、自分の軸からぶれないバランスのとれた生き方ができるのではないかと思います。どういう生き方を目指すのかは人それぞれですが、私の場合はこの世の俗的な部分もたっぷりと味わいつつ、半分くらいは中立的な視点を持って心穏やかに生きられる位の適当さが丁度良いのではないかなと思います。

 

 

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