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La mia armonia

精神世界やスピリチュアリティなど、ちょっと不思議な世界をベースに、人生を前向きに生きる考え方を提案しています。起業やビジネスについても書いています。

起業に向けてのメモ書

起業

『さてこれから働こう』と思った時に、どうして求人票を見て応募することしかできないのだろうと思うことがある。働く方法はひとつでは無いはずなのに。

 

誰かに雇用されることでしか収入を得る術を知らないが為に、不本意ながらそのように行動してしまう。

 

誰かに雇ってもらおうと考えるのには理由がある。そうすることで収入が得られるという確信があるからだ。そのやり方なら自分にもできると思っているから、それを行動に移そうとする。

 

収入を得る方法には起業して自分で何かをするという方法もあるけれど、一般的にその方法を選ばない理由は、『それができないと思っているから』或いは『最初から選択肢にない』からだと思う。

 

自分の行動の原因になっているのはこれまで染み込まされてきた思い込みと経験だ。一般的に起業する人が多くないのは、これまでの教育が起業家を育てる目的では行われていないことが原因のひとつだと思う。

 

働くこと⇒雇用されることを前提に教育がなされてきたので、そういう風にしか考えられないし、そういう風にしか行動を起こせないだけだと思う。

 

しかし、そういう教育をされてきた結果、雇用されて働くという行動を起こせているわけだから、起業して自分で何かを与えていく教育をすれば、多分多くの人がそういう生き方が出来るようになると思う。

 

もちろん一概に教育に原因があるとは言えない。既存の教育からも起業家は生まれているからだ。仮に起業家育成の教育を受けたとしても、ただ教えられたことだけを真似るだけでは成功は長続きしないだろう。起業家になるような人は、自分に合わない環境を、自分に合う形に変え続ける人だと思う。物事にセオリーはなくて、セオリーは自分で作るものだと思う。

 

多くの人は、単にこれまでビジネスのやり方を知らなかっただけであって、やる気さえあれば、時間がかかったとしても、起業という生き方を実現することはできると思う。

 

雇用されると、多くの場合、時間に対してお金が支払われる。時給という考え方が一般的になっているわけだ。しかし、それもひとつの考え方というだけであって、お金=時間でなくても良いわけだ。

 

自分で価値を提供し、それを誰かが買ってくれれば、そこで商売が成り立つ。提供する価値の大きさも自分で決めることができる。自分の身体はひとつしかないので、雇用されて働いた場合、自分が働いた時間分だけの対価しか受け取れない。しかし、自分の強みを生かしてお金を生み出すシステムを1つも2つも作ってしまえば、何もしていなくても対価を生み出すことができる。その空いた時間を使って新しいビジネスのアイディアを考えたり、遊んだりすることができる。

 

本来、自分の大好きなことで労働することは楽しいことだけれど、それが生活の為に多くの時間労働しなければならないとなると、心に余裕が無くなってしまう。もし不労所得を生み出す仕組みがいくつかあれば、空いた時間で、本当にやりたいことを、純粋な喜びから、余裕を持って他人に奉仕することができると思う。例えば、生活の為にしていたキツい肉体労働も、『やりたいからやる』という前向きなイメージに変化する。

 

以前私は会社員をしていたが、その頃の時給が1200円くらいだったと思う。一日8時間働いて、月給で20万円くらい。

 

しかし、例えば、自分でセミナーや講演会を開いたとして、受講料が一人2万円で10人集まったとすれば、一回のセミナーでの収入は20万円になる。一日で20万円稼いだことになる。セミナーの時間が3時間だとすれば、時給6万7千円くらい。3時間で一般的な会社員の月給分を稼ぐことも出来る。

 

雇用された場合、仕事のスキルを磨くことにエネルギーを使っても、そのスキルを使って、会社全体としてどのように利益を生み出すかという点までは教えてもらえないし、自分で考えることも多くない。雇われ人と起業家のマインドの違いは、『どのように自分の能力やスキルを使ってもらうか、評価してもらうか』と、『どのように自分の能力やスキルを使ってお金を生み出すか、そのシステムをつくるのか』という部分にある。

 

雇われ人は『受け取る』ことに多くの意識が向き、起業家(ビジネスオーナー)は『与えること』『価値を提供すること』に意識が向いている。多くの人が就職して『与えてもらうこと』にばかり意識が向き始めると、『価値を提供する』人が世の中に少なくなってしまうわけで、現代のように社会が停滞するのは、このような要因もあるのではないかと思う。

 

仕事がないとか、就職難だという風潮を真に受けるのは、自分が『与えてもらう』ことばかりに意識が向いているからだと思う。そういう生き方しか選択肢の中に無いが為に、その生き方から外れた場合、怖れや不安が湧いてくる。

 

本来、社会とは与え合いで成り立つものだから、自分に出来ることを皆と分かち合う方法を考えれば良いだけだと思う。それが仕事やビジネスの基本だと思う。そういう意味で、現在の生きづらい社会も、自分発で価値を提供するチャンスと捉えることもできる。

 

生活に困ると取り急ぎ求人票を見てアルバイトでもしようという話になるのだが、それ自体がとんだ思い込みなのだ。もちろん現状ではそれしか思いつかないから、まずはそうするしかないのだけれども、同じエネルギーを使うのなら、自分で何かを提供する方法を真剣に考えることにエネルギーを使うことだってできるはずだ。

 

そうでなければ、アルバイトをしたところで、正社員として働いた所で、いつまでたってもなにも変わらないから。

 

毎月決まった収入が得られるシステムは便利ではあると思う。自分ではどうしようもない時にはそういうシステムに助けてもらえるからだ。しかし、いつまでもそれに頼っていては好ましくない。

 

死なない程度に生きてさえいて、元気があれば、いつからでも行動は起こせる。だから、不本意な仕事をしつつも、自分の本当にやりたいことに多くのエネルギーと時間を注ぎこむことを怠ってはいけないのだと思う。

 

読んでいただいてありがとうございます!

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