La mia armonia

精神世界やスピリチュアリティなど、ちょっと不思議な世界をベースに、人生を前向きに生きる考え方を提案しています。起業やビジネスについても書いています。

働き方

就職活動の在り方について考えてみる。まずは採用方法について。一般的には履歴書や職務経歴書の書類選考と面接で採用可否を決めると思う。

 

でも、そうでなくても良いのでは?と最近思う。そもそもなぜ履歴書でなくてはいけないの?と思ったりする。履歴書自体もあのフォーマットでなくてもいいのでは? 書く内容ももっと自由で良いのでは?と思ったりする。何かありきたりだな・・と思った。

 

もちろん、既存のフォーマットでも良いのだけれど、要は、履歴書とは応募者にとっては自分を売り込むツールであり、採用者にとっては自分の所で働ける人を探すツールである。その目的が満たされていれば形式は重要ではないということだ。

 

書類で分かる事などたかが知れているし、面接をしたところで、応募者と採用者の双方に信頼がすぐさま生まれることはない。ある程度時間をかけて付き合わなければ、その人が本当に信頼できるかどうかはわからない。もちろん、人間にはフィーリングというものがあって、直感的にこの人とは『分かりあえる』とか『信頼できる』と感じる場合もあるけどね。

 

仕事のしやすさや楽しさは、『一緒に働く人間がどれだけ自分と合っているか』に影響される部分が大きいと思う。

 

自分をさらけ出せるからこそ、気軽に会話が出来て、質問なども気軽に出来る。そういうリラックスした環境だからこそ、お互いの能力が高いレベルで発揮されると思う。上達も早い。

 

お互いに信頼があれば、お互いの期待に答えたい、お互いに助け合いたいという気持ちが自然と湧いてくるものだ。その結果、リラックスと緊張感が程良くバランスして、良い成果を生み出すと思う。

 

仕事で大事なことのひとつはやはり信頼だと思う。能力も大事だけれど、それだけで選んでも長い目で見たら上手く行かないかもしれない。結果を出すことは大事だが、ギスギスした環境では、人の能力は出し切れないと思う。

 

そういう意味で、現在の採用活動は書類選考と面接を含めても1~2週間で結果が出てしまうが、その間、応募者と採用者が直接会って話す時間は小一時間程度。仕事では信頼が何より大事という考えを採用するならば、そんな短時間でビジネスパートナーを決めることがそもそも早計なのかもしれない。

 

これからの社会では採用方法ももっと違うやり方があっても良いと思う。例えば、お互いの人となりを見極める為に、お試しの期間を設けてちょっと働いてもらうとか、選考方法も履歴書+面接の一択ではなく、SNSを利用するとか。

 

例えば、応募者のブログを見ればその人の考え方や価値観が良くわかる。採用側の企業も、職場の様子やメンバーなどを応募者に開示することが出来れば、ミスマッチは少なくなる。

 

上記は一例だが、『就職する』というと、堅苦しいやりとりになってしまうのはなぜだろう?履歴書なんて書かなくても良いじゃないか。お互いを知るアプローチの方法はいくらでもあるし、もっと自由に考えても良いと思う。

 

就職するとなると、その会社に何もかも預けなければいけない感じがして、堅苦しく感じる。もっと気軽にちょっと手伝いに来てよ!とか、気に入ったら長く働いてね!という感じで、もっと軽いタッチでも良いのではないかと思う。来てもらった時間分の給料を支払えばそれでよいのだと思う。

 

こうすると雇用の在り方がもっと流動的になると思う。社会というのは、サービスを提供する人がいて、それを受け取る人がいるだけである。つまり、その時サービスを与えたい人が与えて、受け取りたい人が受け取る、そんな簡単な形があっても面白いと思う。

 

毎月決まった収入を得ようとすると、堅苦しい会社に入って、ずっと同じ仕事やライフスタイルをして・・になってしまう。つまり安定した収入を最初から求めるのではなくて、街に繰り出してその時に持っているものやサービスを与える、やりたい事を表現する、その対価をその場で貰う、周囲の人にも同じように奉仕してもらうみたいな・・非常に流動的なライフスタイルがあっても良いと思う。

 

もちろん大きなプロジェクトとなるとそうは行かないと思うけれど、一つのプロジェクトや仕事に付きっきりになる必要は無くて、並行して数種類の仕事をした方が楽しい気がする。

 

そうなるとお金というものがそれほど意味を持たなくなるかもしれない。現状で社会が停滞するのは多くの場合お金が原因だ。お金に対して人々が抱いているイメージや感情が、お金の流れを停滞させてしまうのだと思う。それらは失うことの怖れや不安だ。

 

私たちの多くは、『就職活動とはこうあるべき』『働くとはこうあるべき』という思い込みに染まっているのだと思う。それらも高々数十年くらいで作りあげられてきた一パターンでしかない。

 

私たちは『自分は固定観念で凝り固まってはいない!』と思っていても、実は案外『これはこういうもの』という無意識の思い込みによって行動してしまっていることがある。

 

もちろんそれでも構わないのだけれど、何か新しいことを始めようと思ったり、人と違うことをしたいと思うのなら、もっと自分の頭で考え、自分のハートで感じる必要がある。

 

自分にピッタリ合う人は必ずどこかにいると思う。仕事でも恋愛でも友人関係でも、同じだと思う。あとはお互いをどうやって結びつけるか。自分の感情や思考はその為の磁石の役割を果たす。

 

自己開示をすること。その為にハートを開くこと。ハートの感性を磨くこと。大好きなことに囲まれて生きること。

 

生きていて最高だ!と感じるのは、やはり大好きな人達と心から情熱や好奇心を持てる大好きな仕事をしている生き方だと思う。そういうのを自発的に作っていかなければならないのだと思う。

 

大好きな人と二人で滅茶苦茶重い荷物を運ぶのと、一緒にいても何も感じない、どうでもよい人と一日中超簡単な仕事を淡々とこなすのと、どっちが心の栄養になるかということを、もっと真剣に考えたら良いのだと思う。大嫌いな人と一緒に仕事をした方がまだ良いとも言える。好きor嫌いは感情の動きがあるからだ。感情の振れは人生を次のステップに進める起爆剤になる。人間は物質的な栄養をたっぷり摂っていても、心の栄養が足りなければ、ダメになってしまう。

 

仕事は厳しいもの、職場では合わない人がいるのは当たり前という考え方も、これまでの採用方法や職場の作り方、仕事の在り方によってそういう環境が作りだされたというだけであって、それらのやり方を変えれば、お互いにWinWinの関係で仕事が出来る環境も作れるかもしれない。

 

そうなれば、職場の人間関係から生まれるストレスなどという問題は遠い過去のお伽噺になるかもしれない。

 

人生は自分で生き方のエッセンスを選ぶことができるのだから、それを無駄にするのは勿体ない。

 

読んで頂いてありがとうございます。