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La mia armonia

精神世界やスピリチュアリティなど、ちょっと不思議な世界をベースに、人生を前向きに生きる考え方を提案しています。起業やビジネスについても書いています。

受け容れられざる葛藤

私はこれまでの人生で、『受け容れること』の大切さについて学ぶ機会が多かった。どうも、この人生、『受け容れること』が大きなテーマになっている様な気がする。というのも、何かを受け容れることが出来たとしても、また『受け容れられざる』何かが起きてくるからである。

 

どうして自分にばかりこんなことが起きるの?と嘆きたくなることが起きてくる。ある体験を経て、自分に自信を持つことができるようになった矢先、まだ自信をくじくような事が起きてくる。中々上手く行ってくれない私の人生。それが悔しい。

 

そもそもこの人生はただ順風満帆に過ごすことを予定していないのかもしれない。ならば、いまあるものを受け入れ、その環境なりに出来ることを模索していけばいい・・冷静に考えればそうなる。でも、エゴの私には『ああなりたい』気持ちがあり、その気持ちとの間で生じる葛藤が苦しい。状況そのものが苦しいのではなく、自分を苦しめているのは、現状を良しとしない思い癖。そのことも分かってはいるが、現状を100%受け容れられない自分がいる。それが苦しい。それをどう受け容れていくかが課題。

 

はなから人生を上手く行かせようとする思いが間違っていたのかもしれない。挑戦する為の人生。ネガティブな事も受け容れていく学び。幸せの形を世の中の価値観に委ねるのではなく、自分なりの幸せの形を見つけて行く事。それが一つの学びかもしれない。普通に仕事して、普通に恋愛して、普通に家庭を持って、普通に○○をして・・そういう事が出来れば、自分は幸せだろうか。心の奥底で望んでいるのは違う道かもしれない。

 

『人生は一度切りではない』のは分かっているけれど、誰しもこの人生、より良く在りたいと思うのは自然である。自分もその思いが強いからこそ現状とのギャップに葛藤が起きてくる。自分がこれまで学んできた知恵をどれだけ人生に生かせるか、自分は試されているのだと思う。人とは違う不具合が自分に生じたとしても、自分の価値が揺らぐわけではない事も分かっている。どんな自分であったとしても、もはや自分を卑下し、傷つけることはない。でも葛藤が苦しい。その葛藤の所為で現実を楽しめないのが悔しい。

 

今の私には『病気らしきもの』があるが、その病気を創りだしたのは、自分の思い癖かもしれない。その病気によって、自信が大きくそがれる現状があるとすれば、過去の自分の『自信が持てない』という思い込みが、現在の症状を創りだしているのではないだろうかと思う事もある。

 

現状を見て悲観しても意味がない。悲観したところで、病気が良くなるわけでもない。むしろ、より現状を強化することになるのだから。それもわかっている。でも、現状を見て苦しんでしまう自分がいる。自分に出来ることと言えば、自分の思い癖を見直し、病気を治す方法を考え、行動に移すこと。病気に必要以上に意識を向けない事。治る治らないに関わらず、毎瞬を精一杯生きる事。

 

人生で起こる様々なトラブルは、大事なことに気づくチャンスだと思う。なぜ病気になるのか、なぜトラブルが起きるのか、なぜ自分の人生は上手くいかないのか。いろんな原因があるけれど、もし自分自身の考え方が問題ならば、それを改める機会を得たことになるからだ。人生とは、いかにして現実が創られているのか、そういう事に気づく為の旅でもある。

 

治る見込みのある病気なら、そこまで落ち込む事もないだろう。でも、調べたところ、自分の症状は治る確証がない。『ええ!これは無いだろう!』っていう事が私の人生では起きてくる。でも逆に考えれば、『これくらいなら気にするほどではないな』って思えるトラブルなら、何の学びにもならないわけで、トラブルをどう受け容れていくかがやはり課題になるのだろう。

 

こんなこと考えずとも、他の人みたいに楽しく生きたい。そういう気持ちも湧いてくるが、自分の人生には、どうしてもそういう真面目なテーマが付きまとう。でも、それを受け容れ、出来ることをしていくしかない。

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