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La mia armonia

精神世界やスピリチュアリティなど、ちょっと不思議な世界をベースに、人生を前向きに生きる考え方を提案しています。起業やビジネスについても書いています。

自立するとは

ニート時代の話

自立するとは何でしょう。

 

自分で働いて生計を立てる事でしょうか。

 

一般的にはそう捉えられるでしょう。

 

でももう少し考えてみましょう。

 

一般的に、自立して生活しているのは良い事で、人のお世話になって生活しているのは恥ずかしい事・・という風潮があると思います。

 

私のようなニートの人たちは、家族の世話になっていることに罪悪感を持っている人も多いと思います。

 

確かに自分で働いて稼ぐ事も大事ですが、必要以上に自分を責めなくてもいいと思います。

 

というのも、人は、自分の力だけでは生きられません。

 

自分で働いて得たお金も、その仕事に協力してくれた人や、お金で買えるサービスを提供してくれる人がいるからこそ享受できるものです。

 

いろんな人の協力を得てこそ、自分は生きていられるのです。

 

当たり前なことですが、このことを普段どれだけ意識するでしょうか。

 

ニートもサラリーマンも経営者も起業家も、誰かのお世話になって生きていることに変わりはありません。

 

どのくらい自分で働いたか、人に協力して貰ったかという程度の差こそあれ、基本的に、人は人に依存して生きています。

 

仮に、自分で生計を立てていたとしても、勤めている会社に依存していたら、それは本当に自立して生きていると言えるでしょうか。

 

口では仕事がつまらないなどと偉そうなことを言っているにも関わらず、大して成果も出せず、毎月の生活費や、給料で得られる幾許かの楽しみに依存している・・・以前の自分です。

 

そういう生き方が悪いわけではありませんが、せっかく生まれてきたのだから、もっと自発的に楽しみを見つけていく方が楽しいし、そういう姿勢こそが自立しているといえるのではないでしょうか。

 

極端に言うと、『全部自分でやって当たり前』という価値観がある為に、排他的な社会が形成されます。

 

他人に依存しすぎるのは好ましくありませんが、排他的になりすぎるのも好ましくありません。

 

自分のことは全部自分でやらなければならない・・となると、他人を信頼できなくなったり、表面上の付き合いになったり、他人に無関心になったりします。

 

現代の『自立した生き方』とは、自分の事はすべて自分でやって当たり前という価値観が前提にあって生まれたものです。

 

今後、皆で分かち合って生きるスタイルが当たり前になったとすると、働かない人やニートのような存在も、現代とはまた違った見え方になるのではないでしょうか。

 

前にも書きましたが、働きアリの法則というのもありますし、常にみんなががむしゃらに働くのではなくて、働きたい人が働いて、その間にのんびりしたい人が休む・・・という社会の在り方があってもいいのでは・・と思います。

 

その為には、自分の力だけで生きるという傲慢な考えを少し緩めること、他者への信頼をもう少し持ってみること・・が鍵になると思います。

 

ニートや無職を肯定するわけではありませんが、自分の生き方をあまり卑下する必要はないと思います。

 

自立するとは、自分の心で感じ、自分の頭で考え、自分が納得した生き方を実践することだと思います。

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