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La mia armonia

精神世界やスピリチュアリティなど、ちょっと不思議な世界をベースに、人生を前向きに生きる考え方を提案しています。起業やビジネスについても書いています。

人と違うことをするのは大事だ。しかし競争ではない。

これからの時代、益々働き方に多様性が出てくると思います。

 

例えば、サラリーマンだけでなく、起業することや、仕事の柱も一本だけに頼らずに、複数の柱を持つ働き方も増えてくると思います。

 

一つの柱だけに頼ると、それがダメになった時に、倒れてしまうので、安定した雇用環境が期待できないこれからの社会においては、複数の仕事を掛け持ちするライフスタイルは自然だと思います。

 

よくインターネットを見ていると、『サラリーマンの時代は終わった』とか、『グローバル社会での競争に勝てない』とか、『勝ち組になれない』・・・と言った表現を目にする事がありますが、私は、このような表現に違和感を覚えます。

 

なぜなら、私は競争がしたいわけではないし、競争しても社会が良くなるとは思えないからです。

 

勝ち組がいれば負け組もいます。

 

勝ち組という表現をするという事は、負け組の人たちの生き方を見下している気持ちがどこかにあるという事です。

 

そもそも人生に優劣はないと思っています。

 

人それぞれの生き方に等しく価値があると思っています。

 

それに、私が望んでいる社会は、皆が好きなことをして幸せに生きている社会です。

 

優劣や勝ち負けという言葉が出てくるのは、他人や世の中に対する信頼感の欠如があるからです。

 

自分の事しか考えられないと、競争して自分が勝ち組になる方法を考えようとします。

 

よく、高度経済成長などの古い体制を生きて来た人たちを時代遅れだとか、古い考えをもった人達という風に見下す風潮もどこかにあると思います。

 

その時代の価値観といえば、一つの会社にずっと勤め続ける事が美徳とか、大企業で働いたり、公務員になったりする事が安定している・・・というものがあると思いますが、それらの価値観も、今では崩れかけていて、意味のないものになっています。

 

自分も、そういう価値観は時代にそぐわない考えだと思いますし、それを否定したくなる時もありますが、それもまた意味のない行為です。

 

時代が違えば、価値観が違うのは自然な事です。

 

もし私が、もう50年早く生まれていたなら、その時代の多くの人と同じような価値観を持っていたでしょう。

 

その時代に生まれた人には、その時代に生まれた人の役割があると思います。

 

日本は第二次世界大戦で敗戦し、そこから大きく経済成長を遂げ、物質的な豊かさの基盤を築いてきました。

 

今の時代の豊かさがあるのは、その時代の人たちのおかげです。

 

当時は現代よりも我武者羅に、過酷な条件下で働いていた人も多かったのではないかと想像します。

 

当時も、社会に適応出来ない人や心の優しい人はたくさんいたはずです。

 

でも、我慢して働いてきた人もたくさんいるはずです。

 

現代のような自由な生き方をしたくても、時代がそれを赦さなかった・・或いは、そのように考えるきっかけすら無かった・・かもしれません。

 

もちろんいつの時代にも先進的な生き方をする人はいますが。

 

当時の人は強い魂の持主かもしれません。

 

こういう見方をすると、先人たちに感謝しようという気持ちが湧いてきます。

 

現代は、物質的な豊かさを求める時代は終わり、自分らしい生き方を模索する時代になっています。

 

このような現代に生まれてきた私たちには、私たちの役割があると思うのです。

 

これまで先人達が築いてきた盤石な社会基盤を享受しながら、新しいライフスタイルや仕事のかたち、社会のかたちを創っていくことが、この時代に生まれて来た私たちの役割だと思います。

 

だから、時代遅れとか、人の考えを否定するのではなく、お互いに違いを認め、感謝すると気持ちよく生きられるのではないかと思います。

 

私がやりたいことは、新しいことやアヴァンギャルドな事ですが、それは、競争に勝つ為にしたいわけではありません。

 

自分の持っているものをお互いに与え合って、分かち合って生きる社会・・・抽象的ですが、そういうコンセプトが根底にあります。

 

私の親の世代は、典型的な安定志向の世代だと思います。

 

なので、いつもこのブログで書いているような事を言っても、『わからない』と言われて話が噛み合いません。

 

でも、もう長い事ニートを続けている自分を愛してくれています。

 

私は、両親が仕事をしている姿が楽しそうには見えませんでした。

 

仕事以外でも、あまり人生を楽しんでいるようには見えませんでした。

 

でも、彼らなりに一生懸命生きている事には変わりなく、それは今の自分が一生懸命生きようとしている気持ちと同じだと思います。

 

その生き方は違ったとしても。

 

両親がつまらなそうなので、そのような生き方を『つまらない』と言ってしまう事もありますが、それもまた、浅はかな行為だと思いました。

 

私は、この時代を選んで生まれてきたのだから、出来ることを一生懸命表現していけばいい。

 

自分の信じるやり方を試してみて、その結果、両親を幸せにすることが出来たら、嬉しいと思っています。

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