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La mia armonia

精神世界やスピリチュアリティなど、ちょっと不思議な世界をベースに、人生を前向きに生きる考え方を提案しています。起業やビジネスについても書いています。

スピリチュアルは頭で考えるのではなく、ハートで感じるもの

知性と感性のバランス

精神世界の探求で得た事を日常に生かそうとするのはいいけれど、頭でっかちになってしまうと、かえって現実が難しくなります。

 

最近自分が書いたブログを読み返してみて、理想を語るのは良いけれど、少し頭でっかちになっているな・・と思いました。

 

精神世界やスピリチュアルなことって、頭で考えるものではないと思うからです。

 

知性を使って自分の感情をコントロールするのは良いですが、思考が回りすぎると、大事な感覚を見失ってしまうからです。

 

頭で考えることも大事ですが、どちらかというと、自分のハートの感覚に意識を向ける感じになると思います。

 

私の中には大きく分けて、思考の部分の私、ハートの部分の私の2人がいるわけですが、思考の私は自我(エゴ)、ハートの私は本当の私とでも表現すればいいでしょうか。

 

私は、死後の世界や人間の意識の構造、目に見えない事、この世界の真理などに興味がありますが、そういうことって、頭で理解出来ることには限界があると思いますし、そもそも頭で考えて理解するものではないと思います。

 

思考による論理的な理解ではなくて、ハートの感覚や直感などによる感覚的な理解になると思います。

 

何となく腑に落ちるとか、不思議な気持ちになるとか。まるでそれまでとは意識の視点がガラッと変わってしまうような。

 

現代社会の仕事の中では、思考を多用すると思いますので、どうしても、思考偏重、左脳偏重型の自分になり易い傾向がありますが、そこに気づいて、意識的に自分のハートの感覚に意識を向けたり、感性を磨く機会を作ったりするのが、バランスのとれた人間として生きる為には必要だと思います。

 

数年前、別の土地で生活していた頃、自分の中のアーティスティックな部分が今よりも磨かれていた時期がありました。

 

その当時、シンクロニシティが多く起きたり(ぞろ目を頻繁に見たり、ラッキーな事が起きたり、この人来ないかなと思ったら直後に来たり・・・)、自分の意識が、体験する現実に何らかの影響を与えていると言う事を確信するような出来事が結構ありました。

 

当時の自分は、日常の些細な事に幸せを見出すことが出来て、毎日を穏やかな気持ちで過ごすことができていたのでした。

 

最近は、ちょっと頭でっかちになっている部分があり、あまりシンクロも起きませんし、何となく当時とは感覚が異なるのが、自分でもわかります。

 

たまに、当時住んでいた街の風景を見たり、その当時聞いていた音楽を聞いたり、当時書いた手記を読み返したりすると、その当時の感覚が蘇ってきて、ハートの感覚に意識を向けることの大事さについて気づかされます。

 

その当時住んでいた土地のエネルギーの影響もあると思います。あの場所(信州)は、エネルギー的に自分に合っているのかもしれません。

 

今いる場所(秋田)は、私の地元で子供の頃から慣れ親しんだ土地ですが、どこか自分には合わないエネルギーがあるのかもしれません。

 

今思えば、2011年の秋頃、かなり自分の感性が磨かれていたのですが、その当時そんな不思議な気持ちになったのには意味があると思います。

 

何か別の力に導かれた感覚もありましたし、一度ハートに意識を向ける感覚について体験しておいて、その後どんなに浮き沈みがあったとしても、自分を見失わない様、指標にする目的があって、当時のような不思議な感覚を体験させられた・・・そんな気がします。私の人生プランの中に予めセットされていたイベントだったのかな・・と思います。

 

個人の感覚の話なので、的確な言葉で表現するのが難しいですし、他の人がみたら、なんのこっちゃって話になると思いますが、自分の気持ちを整理し、大事な事を忘れないようにする為の手記的な役割としてブログに綴っておきましょう。

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